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【長島発!】桑名ゆかりの江戸川乱歩

[2020年10月1日]

ID:826

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【桑名の魅力再発見】桑名を訪れた江戸川乱歩

明智小五郎を主人公とした推理小説で人気を博した江戸川乱歩(1894~1965、本名平井太郎)は三重県名張市の出身で、名張駅前には銅像が建立されています。

三重県出身である以上、もちろん桑名市ともゆかりがあるんです。

今回は推理小説作家江戸川乱歩と桑名の知られざる関係を紹介します。

みなさんもぜひ江戸川乱歩ゆかりの桑名にお越しください。

津藩主藤堂家の外戚平井家に生まれる

江戸川乱歩こと平井太郎は、明治27年(1894)10月21日に名張郡名張町新町に生まれました。

父は名張郡役所で書記をつとめる平井繁男、母は旧津藩士本堂帆之助の娘きくです。

平井家はもともと伊豆国鎌田(静岡県伊東市鎌田)の郷士で、十郎右衛門の娘於光(松林院)は熱海を訪れた津藩主藤堂高次の寵愛を受けて高睦をもうけました。

藤堂高睦が藩主となると於光の弟友益は津藩に召し抱えられ、二代陳救は千石まで加増され、一気に上級藩士の仲間入りを果たしました。

祖父陳就は藩主藤堂高兌の姪を妻に迎えましたが、早くに亡くなったことから後妻に和佐を迎えました。

乱歩の父繁男はこの和佐を母として生まれ、乱歩はその長男にあたります。

このように津藩士平井家は津藩主藤堂家と二重の婚姻関係を有している家柄でした。

江戸川乱歩系図

江戸川乱歩と桑名のかかわり

昭和22年(1947)11月18日、江戸川乱歩が桑名を訪れ一泊しています。

桑名訪問の様子は「宝石」昭和23年(1948)1月号に記述があります。

「十一月十八日 ふたたび名古屋に戻り、電車にて桑名市の実業家、文芸愛好家、心霊術研究家の都築高光氏を訪ねる。同行は名古屋の岡戸、山本両君の外に江戸文学の尾崎久弥氏、桑名在に疎開しているユーモア作家辰野九紫君。その夜は都築邸で歓談。大いに御馳走になる。十一月十九日 辰野、岡戸、山本三君とともに郷里津市に赴き、墓参をすませ、三重県警部長と講演の日取りをうち合わせた上、電車で松阪市へ(後略)」(出典『うつし世の三重 江戸川乱歩三重県随筆集』)

江戸川乱歩は故郷三重県に戻る際、桑名の友人都築高光、辰野九紫を訪ねているんです。

江戸川乱歩の桑名自慢

江戸川乱歩は故郷三重県を紹介する中で、桑名の自慢もしています。

その記述は「小説新潮」昭和28年(1953)5月号所収の「三重風土記」にあります。

「私は三重県北部で生れた。しかし、物心つかぬ幼児に名古屋に移ってしまたので、実は郷里を語る資格はないのだが、他郷の人よりはやはり三重県に親しみがあり、私の経験からだけでも二三語ることがないではない。伊勢大神宮、お蔭参りの史実、南部の国立公園、観光ホテル、江戸時代の要港であった鳥羽の湊、『伊勢は津で持つ』の津市、日本一の大煙突の聳(そび)える四日市市、『桑名の殿さん、しぐれで茶漬け』(中略)食い物では伊勢蝦(いせえび)を筆頭に魚類、海草、桑名のしぐれ蛤、松阪の牛肉は日本一。大きなものを抜かしたかも知れないが、咄嗟(とっさ)に思い浮かぶのは、まあこんなところである。」(出典『同』)

かの江戸川乱歩が桑名の自慢をしてくれるなんて嬉しいですね。

乱歩にとっての桑名のイメージは「桑名の殿さん」「しぐれ蛤」だったようです。

乱歩が愛した桑名でみなさんのお越しを心よりお待ちしています。

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